2008年12月30日火曜日

October 2001

山尾三省の遺言     10/31
 僕は父母から遺言状らしいものをもらったことがないので、ここにこういう形 で、子供達と妻に向けてそれが書けるということが、大変にうれしいのです。
 というのは、ぼくの現状は末期ガンで、何かの奇跡が起こらない限りは、ニ、 三ヵ月の内に確実にこの世を去っていくことになっているからです。
 そのような立場から、子供達および妻、つまり自分の最も愛する者達へ最後の メッセージを送るということになると、それは同時に自分の人生を締めくくるこ とでもありますから、大変に身が引き締まります。
 まず第一の遺言は、ぼくの生まれ故郷の、東京・神田川の水を、もう一度飲め る水に再生したい、ということです。神田川といえば、JRお茶の水駅下を流れる あのどぶ川ですが、あの川の水がもう一度飲める川の水に再生された時には、劫 初に未来が戻り、文明が再生の希望をつかんだとき時であると思います。
 これはむろんぼくの個人的な願いですが、やがて東京に出て行くやも知れぬ子 供達には、父の遺言としてしっかり覚えていてほしいと思います。
 第二の遺言は、とても平凡なことですが、やはりこの世界から原発および同様 のエネルギー出力装置をすっかり取り外してほしいということです。自分たちの 手で作った手に負える発電装置で、全ての電力をまかなえることが、これからの 現実的な幸福の第一条件であると、ぼくは考えるからです。
 遺言の第三は、この頃のぼくが、一種の呪文のようにして、心の中で唱えてい るものです。
 南無浄瑠璃光・われら人の内なる薬師如来。われらの日本国憲法の第九条をし て、世界の全ての国々の憲法第九条に組み込ませ給え。武力と戦争の永久放棄を して、全ての国々のすべての人々のくらしの基礎となさしめ給え。
 以上三つの遺言は、特別に妻に当てられたものでなくても、子供達にあてられ たものでよいと思われるかもしれませんが、そんなことはけっしてありません。
 ぼくが世界を愛すれば愛するほど、それは直接的にには妻を愛し、子供達を愛 することなのですから、その願い(遺言)は、どこまでも深く、強く彼女達・彼 ら達に伝えられずにおれないのです。
 つまり、自分の本当の願いを伝えるということは、自分は本当にあなた達を愛 しているよと、伝えることでもあるのですね。
 死が近づくに従って、どんどんはっきりしてきていることですが、ぼくは本当 にあなた達を愛し、世界を愛しています。けれども、だからと言って、この三つ の遺言にあなた方が責任を感じることも、負担を感じる必要もありません。あな た達はあなた達のやり方で世界を愛すればよいのです。 市民運動も悪くはないけ れど、もっともっと豊かな“個人運動”があることを、ぼく達は知っているよね。 その個人運動のひとつの形として、ぼくは死んでいくわけですから。

MORGEN  2001年7月7日号

 

 

詩人の遺言     10/29
屋久島に住む詩人、山尾三省さんが亡くなられた。
東京に生まれ、24年前に屋久島に移住。廃村となった山里に暮らしながら、農作と思索の日々を続けた。
植物や星、石など自然の物事を詩作の対象としていた。特に循環を表す「水」は大きな位置を占めていた。
62歳だった。
ということが、月刊誌「Outdoor」(山と渓谷社)11月号に書かれていた。
この記事で、ぼくは初めて山尾三省という人を知った。各地でポエトリー・リーディングもしていたらしい。
Outdoor編集部が主催したものもあったという。

山尾三省は、詩人は未来のビジョンを提示すべきだと書いている。
屋久島の詩人は未来のビジョンを数多く示した。
その中でも、くり返し発したことばが
「すべての川の水が飲めるように」
というものだった。

ぼくはその言葉を受け止めた。
しかし、屋久島の詩人はいない。
そして「Outdoor」も次号で休刊となる。 

 

 

戦争に行くのはいやだ     10/26
「今度、後輩が韓国に帰るんだ」というベイ君の言葉はいつもと変わりなく、ぼくも意識して聞いていたわけではなかった。次の言葉を聞くまでは。
「軍隊に呼ばれて」

韓国には徴兵制度がある。2年半のあいだ訓練が行われ、その後も呼ばれれば行かなければならない。
「義務だから」とベイ君はあっさりと言う。
「もし戦争が始まって軍隊に呼ばれたら、ぼくは最前線に行くことになる。そういう訓練を受けたから」
ぼくたちが訊けることは、パラシュートで降りたことある? とか、戦車に乗ったことある? とか、どんな武器を使った? とか。
すごいなあ とか、大変やなぁ とか、そんな相づちしか打てない。
「義務だから、呼ばれたら行くよ」と言う。
「でも、戦争に行くのはいやだ」とも言う。

ぼくたちが使う、戦争に行くのはいやだ という言葉とは、随分重みが違うなと思った。

 

 

怠けるということ     10/22
昼間からソファでゴロゴロしているのや、机の前のボーッとしているのは、 ゴロゴロするとかボーッとするのをしているのですから、とくに怠けているのではありません。
たとえば、春→桜→花見、としか考えないようなこと、TVで話題のラーメン屋に並ぶこと、まじめに学校に通うこと、 上司に言われたことをそのままやること、折り合いをつけて結婚すること、などを怠けるといいます。

と、五味太郎の「そういうことなんだ。」に書いてあった。
だから、ぼくは怠けているのではありません。
ゴロゴロしているだけです。

 

 

詩の味わい方     10/20
C.D.ルーイスが「詩をよむ若き人々のために」(深瀬基寛訳)の中で、
 ほとんどすべての詩は声をあげて朗読することによって詩の味がしみじみと味わわれます。
と書いている。
そして朗読の注意点として、
 その詩が劇としてかかれた詩ならべつですが、そうでないばあいには、とくに芝居がかった発音をしてはいけません。 忘れないでいてほしい─あなたはいわば、一種の楽器であって、その詩はあなたという楽器のうえにかなでられようとしているのです。 ですから、その詩はあなたをとおして語るようにすることが大切で、けっしてその詩を利用して、ただあなたのうつくしい声をみせびらかすための道具に使ってはなりませんよ。
としている。

ここだけは、なんとなくわかった。

 

 

演劇的     10/7
昨日、朗読カフェに行って来た。
演劇をする人たちの朗読。
芝居ではない、身体を使わない声だけの表現。
それでも顔の表情は豊かで、声にさえ表情が表れる。
詩人とは違う、演劇的な腹から声を出す読み方。
声は身体を包み込み、表皮を震わせる。
女性の口からこぼれる声も、太く、力強い。

高校生のとき、演劇部の手伝いもかねて、
演劇祭を見に行ったことがある。
(ぼくは吹奏楽部だったんだけど、写真部にも出入りしてたりと、
 たぶん、一つのことをするだけでは、満たされてなかったんだと思う。
 今も、そうかもしれないけど)
たまたま、同じ演目を3校がしていたのだけれど、
それぞれアレンジの仕方が違っていて、飽きることなく楽しめた。
一般的に(?)女性の多い演劇部では、シナリオの男性役を女性に書き変えたり、
女性が男性役をすることが多い。
セット準備の間、インタビューをしていた。
髭を生やし、威厳のある太く力強い声の男性を演じていた女性が出てきた。
彼女の第一声は、か細いものだった。
ぼくにとって、その衝撃は大きかった。
髭を生やしたままの彼女は、演じていたときとは別人のように、
恥ずかしそうにインタビューに答えていた。

朗読カフェで、そんなことを思い出した。

0 件のコメント:

コメントを投稿