「声」 8/30
日本に台風が接近する。コンピューターウィルスが猛威を振るう。歴史教科書に抗議。関空に3500人が足止めになる。7700人が避難。2人死亡、25人けが。 厚労省が1760億円の予算を要求する。道路4公団を統合し民営化に。コレステロール値の薬で大幅低下は死亡危険度が3倍になる。NTTが料金請求をミスする。 長期裁判でまた1人逝く。諫早干拓造成を半減する。世界移植者スポーツ大会が神戸で行なわれる。一ノ瀬泰造の墓がアンコール遺跡の近くに建立。 失業率5%台に。イチロー首位打者奪回。神奈川県警が警官の買春を隠ぺいする。校内暴力は最多の3万4000件。いじめは3万件。東芝は2万人削減。 明石署を強制捜査。近畿郵政局を6回目の捜索。警官が刺され死亡する。容疑の男は射殺。ワールドゲームズの女子ウェークボードで13歳の成田夢露が金。 靖国参拝に懸念。イスラエルがミサイル攻撃。「ビンセンス」が姫路港に入港する。近畿では5か月連続の6%台の失業率。イチローが200安打を達成する。 東証1万1000円を割る。H2A打ち上げ成功。
あなたの声は届いていますか?
アヴァンセリーディング会 8/27
たっぷりと時間をとっての、詩のリーディングと合評、そしてリーディングにまつわる様々な話。
遅れて行ったぼくでさえ、7時間以上の参加。
アヴァンセリーディング会は充実します。
今回の詩は、北岳山頂リーディングで書いたものを、そのときに撮った写真を見てもらいながらの朗読。
山の話ができたのは良かったです。そのうち、アウトドア関係のコーナーも作らないと。
かみやくんが読んだ「滅びゆく革命家達へのテロリストへのすすめ(寝室編)」は、男女の会話文だけで書かれたもの。
これも、リーディングができるんだ。と、あらためて思った。
で、また、以前に書いたものを思い出して、探してきた。
1997年(たぶん)の作品。
デザートは?
辻本 真孝
「あなた! 何をぐずぐずしているの。お隣の田中さんはもう出ましたよ!」
「何をそんなに慌てているんだい? まだトーストが焼きあがっていないよ」
「テレビを見ていなかったの? 世界中で核戦争が始まっているのよ! 早く逃げないと死んでしまうわ」
「どこへ逃げるっていうんだい? 隠れる場所なんてないよ。コーヒーを入れてくれないかい」
「とりあえず、三丁目の公園の地下シェルターに行きましょうよ」
「でもあそこは狭いよ。町の人が全員入れるわけはないんだし。ジャムが空だよ。バターとハチミツはある?」
「だから早くしましょうって言ってるのに、あなたがぐずぐずしてるから」
「シェルターに入ったからって助かるとは限らないし。このバターとハチミツを塗ったトースト、これが一番うまい!」
「あなた! 今、外が光らなかった?」
「そうかい? デザートは?」
「あなた、きのこ雲よ! もうダメ」
「な、何てことだ。デザートのプリンが食べられない!」
(曖昧な記憶なんだけど)何かを参照して書いたものだと思う。同じような内容の文章があったのかも知れない。
完全にオリジナルだったら、いい作品だと思うんだけど(自画自賛?)。
かみやくんのは、もっと内容がしっかりしていて断然いい。
「そっか、デザートは何にする?」
って、同じような言い回しがあったのには、少し笑ったけど。
もっと、たくさんの人と詩の話がしたいな。
かみやくん、「詩人の合宿」企画してくれないかな、5年生になったら。
hopes and dreams 8/25
いとこ(従姉妹)が結婚して、クアラルンプール(マレーシア)に住んでいる。
日本にいる両親を安心させるために(かどうかは知らないが)、ホームページを開設している。
全文英語なんだけど、写真をたくさん使っているので、わかりやすい。
編集はご主人がしているのだろう。
妻の写真に、Our hopes and dreams の文字。
こういうのを見ると、大切にされてるんだなあと思う。
http://www.geocities.com/yewjin2000/
見なれた親戚の顔がいくつもある。
残念ながら、ぼくやぼくの家族(親、兄弟)は写っていない。
ぼくの周りには、いないよなあ。
ああ、また今日も結婚生活に悩む男からのメールが・・・
リーディング 8/22
そういえば、まだ詩について書いてなかった。
今のぼくは、詩を書いて、読む、のくり返し。
4月の「ポエトリーリーディングの夕べ」以降、「アヴァンセリーディング会」「声帯エステティック」と、リーディングのために詩を書いている。
だからといって、読むことを意識した詩を書いてるわけでもないけど。
はじめてリーディングを見たのは、昨年の「詩のボクシング大阪大会」。予選も本選も見た。
次に至るのに時間がかかって、今年3月の「関ヶ原」。そのあとは、毎月。
TVでは「阿賀猥vsねじめ正一」「ねじめ正一vs谷川俊太郎」を見た。
あと、三代目魚武濱田成夫や叫ぶ詩人の会も見ている。
で、叫ぶ詩人の会のCDを持ってる。6枚も。
ほかには、辻仁成(BEAT MUSIK 名義)2枚。
辻仁成といえば、エコーズのときのアルバムの中で「WINGS」という詩を第三舞台(筧利夫、勝村政信など)が読んでいる。
そういうことを言いだすと、THE BOOMには「手紙」や「敬称略」というのもある。
THE BOOMの宮沢和史は「詞人から詩人へ」というCD付きの本で、谷川俊太郎、中也、賢治、白秋、ねじめ正一、吉野弘などなど、を読んでいる。
本でいえば、楠かつのりの「詩のボクシング声の力」にねじめ正一vs谷川俊太郎のCDが付いてた。
CDにもどす。
友部正人プロデュースの「nomedia 1」では、ミュージシャン(友部正人、真島昌利、宮沢和史、遠藤ミチロウ、仲井戸麗市など)が自作の詩を朗読している。
残念ながら、螢は持ってない。聞いたこともない。
若林真理子も聞いたことがない。買った方がいいのだろうか。
ほかに何を持ってるかと、探したら、
「寺山修司トリビュートアルバム」があった。そのなかで、辻仁成が寺山修司の詩を朗読している。
長野パラリンピック支援アルバム「HOPE」のなかで、宮沢和史は歌っているが、ドリアン助川は朗読している。
こんなものかなと思っていたら、大事なものを忘れてた。
上田假奈代の「愛さない」は持ってる。
理想の結婚と離婚 8/19
昨夜遅く、既婚の親友2人が部屋を訪れた。
昼間から2人で会ってたらしく、来たときには、重く沈んだ空気をあふれさせていた。
この2人の話はいつも「理想の結婚と離婚」について。
結婚の経験のないぼくに相談を持ちかける。
(なぜかぼくは相談を受けることが多く、他にも不倫中の女性から話も聞いていた)
相談といっても、話を聞いて思ったことをいうだけなんだけど。
で、話を聞いて思ったことは、「奥さんとじっくり話し合えば?」ということ。
でも、なかなかそれができないらしい。夫婦って難しいのね。
以前、結婚と離婚について書いたことがあったので、その文章を引っぱりだしてきた。
1996年の作品。
プロポーズ
辻本真孝
「つまんない」
君は、僕の恋愛と結婚についての一考察について、一言そういった。始終、冷めたミルクティを載せたテーブルに肘を付き、窓の外を眺めていた君は、本当に僕の話を聞いていたのだろうか。何がつまらないのかと尋ねてみた。
「結婚にこだわりすぎてるのよ。恋愛の延長が結婚っていうわけじゃないし、恋愛でいい形が出来ているならわざわざ結婚する必要はないのよ」
確かにそうかも知れない。
しかし、それでは社会的に不安定だ。結婚という形が社会に認められる形であり、子供が産まれた場合にも手続き上必要な形なのだ。「社会が間違っているのよ」
それは言い過ぎだ。今までこの形で出来たのだから、間違っているとは一言ではいえない。時代とのずれがあるというなら、社会あるいは制度を変えていく必要があるだろう。
「変わらなきゃ」
そう、変わらなきゃ……?
君は冷めたミルクティを一口飲んで言った。「結婚は女性の憧れよ」
男性もそうだ。
「でも今は離婚にも憧れているわ。一度くらい離婚してもいいかも」
ちょっと、結婚もしていないのにそんなこと言うのはおかしいよ。失敗のない結婚もあるよ。
「離婚は失敗じゃないわ。新しい出発よ」
なるほど。じゃあ、
離婚してやるから、僕と結婚してくれ。
今、親友から電話があった。
奥さんと話をして、離婚を決めたという。
離婚がいいか悪いかなんて、ぼくにはわからないけど、一歩前進したことはいいことだと思う。と伝えた。
終戦記念日 8/16
韓国からの留学生・ベイ君は「昔のことだから、今のぼくたちには関係ない」と言っていたけど、なかなかそう簡単にはいかないらしい。
ぼくの祖父はパプア・ニューギニアで戦死した。1945年8月5日のこと。
終戦がもう少し早ければと、よく思う。
祖母が語る祖父は、頭が良く、読書家で、文学に長けていた。ということ。
ぼくはその血を引いていると、信じている。
祖父はパプア・ニューギニアの前には朝鮮にいたこともあり、そのときのことを記した日記が残っている。
何度か読んだことはあって、この際だから、ホームページにアップしようかとも考えたりする。
戦争についてぼくが語ることはできないけど、伝えることはできると思っている。
56年前のこともそうだけど、今、戦争をしている国もあるんだから、忘れてはいけない。
祖父と祖母についての話は、「駐在所日記」の8月15日分に書いてある。
祖母の話をほとんどそのままで書いた、小説です。
2001.8.12-13 北岳・間ノ岳 8/15
足を1歩踏み出すごとに、顔から落ちた汗が地面を濡らす。まだ1時間も歩いていないというのに、Tシャツはぐっしょりとしている。
「なんで、こんなにしんどい思いをして、山に登るの?」
苦しくなると、いつもそう思う。でも、また山に登ってしまう。
答えは簡単で、頂上に立つと「また来たい」と思うから。もちろん、天気が良ければという条件はつくけど。
あいにく、前日までは大雨で、出発直前まで雨がぱらついていた。
標高2000mを越えると息が苦しくなってくる。
少し歩いては、すぐに足を止めてしまう。時速1kmで歩き、時速標高300mで登る。
雪渓の横を登っていると、汗も引き、休憩なんかしていると寒くさえ感じてくる。
ときおり頭痛を感じ、高山病かなと不安にもなる。
不安の要因は頭痛だけではない。
ガスで視界が遮られ、あとどれだけ登ればいいのかということが、わからないことにもある。
同じ景色が、永遠に続くように思われる。
この日は晴れることはなかった。
景色は楽しめなかったが、高山植物には目を奪われた。
詳しい名前は知らないが、クロユリやシャクナゲ、リンドウにトリカブトなど、鮮やかな色で楽しませてくれた。
ぼくたちは山頂には直行せず、北岳山荘に向かいテントを張る。
日が暮れる前には熟睡していた。
夜が明ける前は非常に寒かった。
一旦テントから出ると、目の前に富士山のシルエットが見えた。
本日は快晴。まだ、月も星も輝いていた。
テントはそのままにしておき、先ずは標高第4位の間ノ岳(3189m)を目指す。
目の前の花はもちろん、遠くの中央アルプスや北アルプスまでも見ることができ、最高の気分を味わった。
テントを撤収して、標高第2位の北岳(3192m)へと向かう。
頂上から見える青い空と、白い雲と、緑の山ほど、美しいものはない。(少し大袈裟だけど)
遠くに見える山の頂上にも同じように人がいて、こちらの山を見ているということを、ぼくたちは知っている。
「また来たいな」と言って、山を下りた。
ホームページを開設するということ 8/8
自己満足のためなのかもしれないけど、やはり、自分が書いた作品を1人でも多くの人に読んでもらいたいという気持ちはある。
自分の好きなように表現するには、自分のHPが必要。
だから、作ってみた。
簡単に情報を発信できる利点と、不特定多数を相手とする不安と。
どんなホームページになるでしょう。
まあ、難しく考えないで、始めてみよう。
単なる自己満足だけでは終わらないように。
2008年12月30日火曜日
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