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2019年11月3日日曜日

ポエトリー ジャンクション




京都で行われた、詩の朗読会に参加。懇親会にも参加。
久々にお会いする方々が多数で、色々とお話もできて良かった。
初めての方とも話ができて、なんだかとても新鮮な気持ちになった。

最近? というかこの数年間は、自分より若い人たちが多い朗読会に参加することがほとんどだったので、今回の年齢層の高いイベントは初心に帰るような懐かしい感じがした。




2019年2月1日金曜日

TOY BOX vol.30



詩の朗読イベントの「TOY BOX」に行ってきました。
今回で30回目、そして今回で最後ということで、満員のお客さんでした。
出演は、主催の待子あかね、池上宣久、水銀、カボタス(佐々本果歩 + ばるる)、タムラアスカ の5組。
それぞれの個性が豊かで、それぞれ違うタイプの詩と朗読を楽しめました。







2015年6月24日水曜日

屋根裏ポエトリー・ナイト







2015年5月27日水曜日

第58回 屋根裏ポエトリー・ナイト












「Progress」


分厚い雲の下
足早に通りを駆け抜ける
今にも雨が降りそうで
それだけが心配で走り出す
商店街のアーケードに入ると
スガシカオが
「あと一歩だけ、前に 進もう」
と、歌っていた

「ぼくが歩いてきた 日々と道のりを
 ほんとは"ジブン"っていうらしい」
48歳1ヵ月24日のJリーグ最年長ゴールの記録を持つカズは
まだまだ現役を辞めるつもりはない
指導者や解説者になるのではなく
選手というのが"ジブン"であるらしい

「誰も知らない世界へ向かっていく勇気を
 "ミライ"っていうらしい」
46歳のタフィー・ローズはBCリーグで現役復帰するらしい
(元巨人と言われると違和感があるので)
元近鉄のホームランキングは
まだまだ現役をあきらめていない
"ミライ"を見ている

自分が通り過ぎる空間は
不特定多数の人々が共存している
自分が通り過ぎる時間は
いつも中心に自分がいる

進むのも戻るのも自由だ
自分で決めればいい

階段を駆け下りて 改札を抜ける
ホームに向かう前に トイレに寄る
ふと前を見ると
「あと一歩だけ、前に 進もう」
と書かれていた



2015年4月22日水曜日

中崎町でポエトリーリーディング






「世界共通」


昨日よりは暖かい気がする
先週に比べれば、まだ少し寒いのかもしれない
ただ、季節は確実に変わろうとしている
このまま歩いていれば、汗をかきそうだ
地下へ降りると、少しひんやりとする
気温というより、日差しが届かないからだろう
騒音とともに風が突き抜けていく
碁盤の目に走る地下鉄に乗って、北へと向かう

100km北へ進むと気温が1℃下がると教えてくれたのは、誰だったか?
この地下鉄は、そんなにも北へは行かないが、
気分を変えるには丁度いい長さだ。


気怠い振動
流れる文字
地を這う音
耳に届く言葉は、外国語ばかり
英語、北京語、広東語、韓国語
そんな国際都市だったっけと思い返しながら
周りを見渡しても、同じような顔ばかり

でも、なんとなく違いは分かる
ファッションかな?
と思いを巡らせていると
「オタクは世界共通なんだ」
と日本語が耳に届いた
声のした方を見ると、
明らかにそうだという格好で西洋人が立っていた


昨日よりは暖かい気がする
先週に比べれば、まだ少し寒いのかもしれない
ただ、季節は確実に変わろうとしている
このまま歩いていれば、汗をかきそうだ
地上への階段をのぼると、もう薄暗くなっていた
思っていたほど、日は長くないらしい
騒音とともに風が突き抜けていく
うっすらと、欠けた月が出ていた

世界共通なんだ
ぼくはつぶやいた。



2015年3月25日水曜日

「スタート」


風はまだ少し冷たいが、日差しは温かく、心地いい
緑が映える景色には、新しく踏み出す一歩がふさわしい

みんなが一斉にスタートを切る

頼んでもいないのにスタートラインに立たされ、背中を押される
人の波に流されながら、どんどん進んでしまう
どこへ向かうのかも分からないまま
もまれて、踏まれて、染められて、流されて
ゴールはあるのだろうか?

みんなが一斉にスタートを切る

最初からトップスピードで飛び出すのか
様子をうかがいながら、第2集団を走るのか
後方から眺めるのか
作戦は重要
駆け引きが大事

みんなが一斉にスタートを切る

それぞれのゴールが違うということを、
いったいどれくらいの人が分かっているのだろう
「ずっと一緒だよ」は、まやかし
「またね」は、嘘
「大好き」は、罪

「全然勉強してない」
というテスト前の台詞には、必ず裏がある
点数が悪かった時のための予防線
周りを油断させるための作戦
万が一のための処方箋
火を消すつもりの消火栓
なるつもりも無い海千山千
大船に乗ったつもりの豪華客船

「全然変わらないね」
というのもまた同じ

みんなが一斉にスタートを切る

果たして、一斉にスタートを切る必要さえあるのだろうか

新しい息吹を感じる季節の中
誰かの付属品ではない、自分の
主演舞台の第一幕
開演はこれから
始まる



2014年9月11日木曜日

朗読バー

梅田にある Common Bar SINGLES で行われた、「朗読バー」に行って来ました。
朗読したのは自作の「ノンアルコール」、文月悠光さんの「金魚」、イルボンくんの「究極のホウレンソウ」。
ほかに、漢詩や平家物語を暗唱した菊士さん、ポエムファイトシリーズの天道くん、その感性に磨きがかかってきた泥酔侍さん、そしてマスターの池上さん。最後のほうでライブ帰りの川原くんも参加。
場としては、丁度いい、心地良い空間でした。

今回、初の試みとして、ツイキャスに挑戦してみました。
ようするに、生中継ということです。
でも実際に生で観た人は極わずか。
まあ、いろいろと今後も試して行きたいと思います。

下記のまとめに朗読の動画も観れるようにしています。
どうぞご覧下さい。


ツイッターまとめ
ほぼ第67回朗読バー


PoeTryAngle - blog


2014年7月30日水曜日

屋根裏と朗読バー

23日の「屋根裏ポエトリー・ナイト」で読んだ詩は、
夏の日」と「くつひも
10年以上前の作品から、引っ張り出してきた。
前に立って読む時の、心地良い緊張感がいいね。
ツイッターまとめ
第49回屋根裏ポエトリー・ナイト

28日の「朗読バー」で読んだ詩は、
イス」と、友部正人の「アクシデンタル・ツーリスト」
くつろぎながら朗読できるという、一番肌にあったスタイル。
ツイッターまとめ
ほぼ第66回朗読バー

8月はお休みで、次に朗読するのは9月かな。

2014年6月26日木曜日

今夜も「屋根裏ポエトリー・ナイト」

ひと月ぶりの「屋根裏ポエトリー・ナイト」
今月は観客に徹しようかと思っていたけれど、やっぱり読みたくなって、
ぎりぎりに申し込み。
10年くらい前に書いた詩を引っ張り出してきて読んだ。

テキストは下記の通り。
ただ、朗読する時は2回読むようにしている。
1度目はこのままで、2度目は「イス」を「イヌ」に、「ソフィ」を「ソファ」にして朗読。
で、いつものことながら、「ソファ」と読むところを「ソフィ」と読んだりして、噛み噛みの朗読となってしまった。

もっと練習が必要だ。



「イス」

雨の降り始めた公園の片隅に
粗大ゴミと一緒に
小さなイスが捨てられていた

あまりにも可愛かったので
ぼくはイスを部屋に持ち帰り
風呂場できれいに洗ってやると
ますます可愛く思えて
名前を付けることにした

ソフィはぼくのお気に入りで
ソフィもぼくを気に入ってくれているようだ
名前を呼びかけると
じっとぼくを見つめる
ときどき
散歩に連れて出たくなるのだが
あまり好きじゃないようだ

ついうっかりと
ソフィを蹴飛ばしてしまうこともあるのだけど
大抵はぼくが足の小指を痛める
丈夫だと思っていたソフィが
前足を怪我してるのを見つけたときは
少しショックだった
ぼくは丁寧に治療をした

相変わらず
ぼくはソフィが好きで
ソフィもたぶん、ぼくが好きなんだろう

でも
ソフィがおすわりをしているところに
ぼくが座ってしまったとき
案外しっくりとしたのには驚いた

2014年5月29日木曜日

屋根裏ポエトリー・ナイト にて


月に一度の朗読。
今回は新作を2作たずさえて参加。

間もなくワールドカップが開幕するということもあって、
つい、代表のユニフォームを買ってしまった。
誰かのまねのように、代表ユニを着て朗読。
誰かのことを、詩にしてしまったから。





「鏡」

自分は「鏡」だと思うことがある

静かに話す人の前では、静かに話し
感情を高ぶらせている人の前では、感情を高ぶらせ
多くを語る人の前では、多くを語り
無口な人の前では、無口でいる

何を怒っているの?
と言われたことがある
でもそれは、きみが怒っているからだ
怒っている本人は気付いていない

ぼくは鏡だから
きみの姿を映しているだけ
笑っているきみに、笑い返し
泣いているきみに、泣き顔になり
怒っているきみに、怒ってしまう

共感してると言っていい
共有してると考えていい
ぼくは鏡だから
そうしてたんだ

でも、それでいいのか?
ぼくは本当に鏡なのか?

泣いているきみを、笑顔にしたり
怒っているきみを、笑顔に出来る
そんな自分に成れないのだろうか



「詩人について」

詩人とは厄介なもので
それが自称であればなおさらである

大きく分けると二種類の詩人がある
一つは 今病んでいる詩人 と
もう一つは 昔病んでいた詩人
昔病んでいた詩人は
既に死んでいる詩人 と まだ生きている詩人
の 二つに分けられる

既に死んでいる詩人は
寿命によるもの 病によるもの 事故によるもの
があるが、中には
自らの意思によるもの がある

詩人の自殺率は そのほかの一般に比べて
高いように思われる

表面的には 楽しい詩 躍動感のある詩
などを発表しながら
死後 それらとは違う 悲しみや 叫び
あるいは 罵詈雑言を書きなぐった言葉が見つかったこともある

自ら死を選んだ 彼らの多くは
自分の言葉を 守ることが出来なかったのだろうか
自分の言葉に 押しつぶされてしまったのだろうか

障害者手帳を振りかざして
自らの精神の崩壊をネタにして朗読していた人も居た
発することで 上手くバランスが取れているんだろう
何事もバランスなんだと思う

彼の逸話で
ヤバい連中に囲まれた時の話がある
「お前らは俺を殺したら殺人犯になる
 俺はお前らを殺しても名前すら出ない」
そう言って その場を脱出したとか

それをかっこいいと思ったぼくは
少し病んでいるのかもしれない

2014年4月24日木曜日

4月の心象風景


今年に入って、観に行くようになった「屋根裏ポエトリー・ナイト」
大阪市北区中崎町にある「朱夏」で月に1度行われている。
先月に初めて読んで、今月で2回目。
とりあえず3回くらい連続で読めたら、1度休んで、その後は読んだり読まなかったりでいいかなと思っている。
観る(聴く)だけでも十分楽しめるし、このイベント前後のだらだらと(笑)喋っている時間が楽しかったりもする。

今回は新しく詩を書くことが出来なかったので、10年以上前に書いた作品を2点と、友部正人さんの詩を読んだ。
詩を読んでいるとき、この場所に「ようこ」さんが居なかったのが残念だった(笑)





~4月の心象風景~


「心象風景」

いちめんの青に
ぽつんと浮かんだ
白いかたまり

もやもやとしながら
とがったり
もくもくとなって
ふくれたり
丸くなるのもいいかな

時間が経てば
形も色も変わるのは
自然なことで
それが普通だと分かっているはずなのに

普通って なに?

オレンジに染まる空を見ていたら
泣きたくなったので
急いで家に帰ることにした





「アクシデンタル・ツーリスト」 友部正人

バスを待っているとき
ぼくには本はいらない
君がいるから

バスを待っているとき
ぼくにはウォークマンはいらない
君がいるから

バスを待っているとき
ぼくには新聞はいらない
君がいるから

バスを待っているとき
ぼくには何もいらない
君がいるから

バスを待っているとき
ぼくはいらいらなんてしない
君がいるから

バスを待っているとき
ぼくはいらいらなんてしない
君がいらいらしはじめるまで

他の人は本を読んだり
ウォークマンを聞いたり
新聞を読んだり
よそ見をしたり
いらいらして何度も時計を見たり

バスはなかなか来ない
たぶん行ったばかりだったんだ
君は最近読んだ本の話をしてくれる
アクシデンタル・ツーリストという題だ
君は毎日たくさんの本を読む
その話をぼくは耳で聞く
ぼくにとって君は
世界中の興味深い物語の作者のようなもの
日暮れのセントラルパーク・ウエストでバスを待っている
そのほんの二十分くらいのあいだ





「ようこ」

「いま、こんな気持ち」
と言って君は紙を差し出した。
そこには
「やまもとようこ」
と彼女の名前が書かれていた。

いまの彼女の気持ちは
「やまもとようこ」らしい。
ひらがなで。

「ようこ」といえば
陽子、洋子、容子、要子、庸子、葉子、蓉子
があるが、
ぼくの知っている「ようこ」は
陽子が5人、洋子が3人、容子が2人、葉子が1人。
要子と、庸子と、蓉子は知らない。
あ、容子のうちのひとりは蓉子だったかもしれない。

「ようこ」のほとんどはどこか冷たい空気を持っていた。
太陽の陽子は名前に反して特に冷たかった。
隣にいても、いつも距離を感じていた。
大洋の洋子は確かに深かった。
でも、それだけだった。
大要の要子はまだめぐり会っていない。
大葉の・・・、葉子は忘れた。

幼なじみの陽子は実家に帰ってきたらしい。
学生の頃仲の良かった洋子と容子からは年賀状だけは来る。
陽子は「だれにでも優しいのね」と言って去って行った。
洋子は家から出なくなった。
容子のウエディング・パーティに出た。
洋子とは大阪式詩のボクシングを見に行った。
陽子のことばが届けられた。
「付き合って良かったと思えたのは、あなただけ」
そんなこと、
ほかのやつと結婚してから言わないで欲しい。


「やまもとようこ」はどの「ようこ」だったかなあ。

2014年3月の「旅」


2014年3月、久々に詩を書き、朗読をした。
新しく書いたのは2編。
その間に10年前に書いた作品と、まどみちおさんの詩を2編挟んで読んだ。
人前に立つ緊張感と、終わった後の心地良さはずっと忘れられないのだろう。

3月に行われた「屋根裏ポエトリー・ナイト」で読んだ詩を、載せておきます。





2014年3月の「旅」


「旅の始まり」

「おはよう」と発車のベルが鳴る
目的地は確認できないまま
まだ見たことの無い風景を求めて
どこか遠くへと 行きたいと思っている

隣の人がなにやらぶつぶつとつぶやいている
冷たい風が苦手なのか、雑音が苦痛なのか
「言ってきます」といって立ち上がり、
「行ってきます」といってどこかへ行った

向かいの席に、名前は思い出せないけれど
知った顔があったので、声をかけてみた
でもそれは人違いのようで
「初めまして」と挨拶された

のんびりしてたら、
いつの間にか、知らない風景を走っていた
そろそろ降りなきゃと思ったら
うとうと眠ってしまった



「春がすみ」 まど・みちお

いちめん ほわほわの 春がすみ
ぼくは海のまん中に うかんでいて
ぷわん ぷわん あそんでいる

うまれる まえの ことなのやら
しんでからの ことなのやら
どっちなのやら わからないけれど
どっちかなのは よく わかる

どっちかなのは よく わかるけれど
なぜ よく わかるのかは
なぜだか よく わからないけれど

いちめん ほわほわの 春がすみ
ぼくは空のまん中に ねころんでいて
でたらめうたなんかを うたっている




「ノン・アルコール」

環状線を2回まわって
3時半の位置で降りたとき
既に飛行機は大気圏を突破していた

しかたなくタクシーを止め
「前の車を追って」と告げると
動物園の前で降ろされた

ライオンは寝ていて
ペンギンは日焼け止めを塗っていて
ワニは入れ歯を探していた

そういえば歯が痛かったことを思い出し
歯医者を探していると
檻に入れられたウルトラマンを見つけた

怪獣と恐竜の区別が付かないまま
案内板の矢印にそって進んでいくと
何もない部屋があった

しばらく横になっていると
飼育係のおじさんが
「酔っぱらい」という看板を立てていった




「コオロギが」 まど・みちお

コオロギが鳴いている
のを 私がききほれている
のを コオロギは知らない
と 私が思っている
のは けれどコオロギにかぎらない
空をとぶ小鳥にでも
道ばたに咲く草花にでも
どんな物にでもなのだ
一方的であるほかないのだ
いつだって人間は
と 私が考えている
のを しげしげと見おろしている
あの星空のはるかな所から
私の知ることのできない何かが
かぎりなく一方的に
と だけは私にも思わせて
コオロギが鳴いている



「旅の終わり」

いつもの風と、いつものノイズ
瞼を開けると、
目の前に広がる景色は
見慣れたものだった

「自分で表札を出すにかぎる」と言ったのは、石垣りん
「東京に空が無い」と聞いたのは、高村光太郎
「見えぬものでもあるんだよ」と感じたのは、金子みすゞ
「ゆあーんゆよーんゆやゆよん」と、中原中也

それでもみんなが
一本のレールの上を走っていることに変わりはない
同じ風景を見ている
ただ、感じ方が違うだけ

間もなく到着するであるはずの終点も
そこで終わりではない
それぞれの意味がある
「おやすみ」と汽笛が鳴った